重要な手続きで活躍する実印や銀行印。これらの印鑑には、複雑な図形のような文字が使われることが多いです。
この文字は「篆書体(てんしょたい)」と呼ばれ、印鑑においては、なじみのある書体です。でも一般の人にとっては、「聞いたことがない」という方がほとんどでしょう。また、「読めない書体を、どうして印鑑に使うの?」と疑問に思う方もいるかもしれません。
そこでこの記事では、印鑑の書体である「篆書体」について詳しく紹介します。
篆書体のルーツは古代中国にあった
篆書体の特徴は、線の太さが常に一定であること。部分によって線が太くなったり、細くなったりすることはありません。また横画は水平、縦画は垂直で、基本的に左右対称の字形をしています。
篆書体の歴史を紐解くと、古代中国、秦代に標準書体として制定されたもので、甲骨文字や金文を基礎として作られた書体です。分類すると「大篆(だいてん)」とそれを簡略化した「小篆(しょうてん)」とに大別されます。
・大篆…古代中国、周の時代に史籀(しちゅう)が作ったとされ、小篆の前身と言われています。書体の多い金石文を整理してまとめたもので、籀書(ちゅうしょ)や籀文とも呼ばれます。
・小篆…秦の始皇帝の時、丞相の李斯(りし)が創始した書体と言われています。大篆を省略、整頓したもので、当時は公用文の書体として用いられました。
秦代以前、広大な中国では地域によって様々な書体が使われていました。そこで秦の始皇帝が国を統一した際、小篆を標準書体に定めました。これは権力を誇示するためにおこなったのではと言われています。
印鑑では小篆が使われることが多いですが、他にも印鑑向けの篆書体として「印篆(いんてん)」もあります。これは大篆や小篆を印面に入れるには収まりにくいため、印専用にできた書体です。小篆の曲線部分やはみ出る部分を直線や曲線で表しており、小篆よりも少し角張ったフォルムになっています。
書体は他にも、隷書体や古印体、行書体、楷書体などがありますが、これらは篆書体と深くつながっています。
一字一字が横長であることが特徴の隷書体は、小篆が簡略化されて生まれた実用的文字です。そして、その隷書体を元にして作られたのが、古印体・行書体・楷書体。それぞれの歴史に篆書体ありと言えます。
篆書体はお札や切手にも使われている
このように歴史のある篆書体ですが、実は印鑑以外の場面でも見ることができます。
もっとも身近な例と言えば、日本銀行券。千円札、五千円札、一万円札の表には「総裁之印(そうさいのいん)」と篆書体で書かれています。日本銀行券は2024年7月頃から新デザインに切り替わりますが、「総裁之印」はそのまま引き継がれるようです。ちなみに総裁之印には特殊発光インキが塗られていて、紫外線を当てるとオレンジ色に光ります。偽造防止としての役目もあるんですね。
また、普通切手にある「日本郵便」の文字やパスポート(旅券)の表紙に印刷された「日本国旅券」の文字も篆書体です。パスポートは大正15年に冊子型に変わって以来、ずっと篆書体が使われています。
他にも、人気マンガ「呪術廻戦」のタイトルロゴも篆書体をベースにデザインされたもののように見えます。ダークファンタジーな物語の雰囲気にピッタリですね。
偽造防止にも効果的
現在、使われている書体の中でも、もっとも長い歴史のある篆書体。それを印鑑に用いることで、他にはない風格漂う仕上がりになるでしょう。
また、篆書体は印鑑の偽造防止という点でも役立ちます。一般の人には判読しにくい暗号のような文字なので、第三者に偽造されにくい可能性が高まります。印鑑にするときは、「苗字のみ」「名前のみ」ではなくフルネームの篆書体にすると効果的です。より印面が複雑化するので、セキュリティ強化につながります。
新たに実印や銀行印を作る場合は、「印面はフルネームの篆書体にする」と覚えておくといいですよ。
歴史ある篆書体は実印や銀行印にぴったり
ここまで、印鑑の書体である「篆書体」について詳しく紹介しました。
篆書体は、古代中国に甲骨文字や金文を基礎として作られた書体で、「大篆」と「小篆」に分けられます。印鑑の世界では文字を簡略化した小篆が使われることが一般的です。
現代の文字にはない独特な字形なので、一般の人には読みにくい書体です。そのため、実印や銀行印といった大切な印鑑には、偽造防止の役割で篆書体が使われることが多いです。
なお偽造防止に役立つ書体として、「印相体」もあります。これは篆書体から派生して作られた書体で、文字が中心から外に向かって印面の枠に接しているのが特徴。可読性が低く偽造や盗難防止にも効果が高いので、おすすめの書体です。
ところで篆書体は印鑑の他にも、一万円札などの日本銀行券や普通切手、パスポートなどにも使われています。ぜひチェックしてみてください。篆書体を身近に感じることができるはずです。